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 ひまわりウィンドオーケストラ物語 
〜ひまわりW.O.活動記録とその歩み〜
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ひまわり写真館 [ひまわりW.O.物語] 《1》 《2》 《3》 《4》 《5》

《第3次転機〜地域貢献と音楽追求の共存、そして市民バンドの完成へ 〜》
1999年5月〜


5月〜6月
  団長と団員との間に生まれた深い溝の原因は、ここ1年くらいのやや傲慢な団運営が大きな要因である。だがそれ以上に多くの団員の心中には、音楽団体としてより質の高い演奏レベルになりたいという希望が大きかった。そのためには、ここまでに可能な限り請け負ってきた演奏機会を、数の上でやや縮小しつつ、ひとつひとつの演奏機会を仕上がりの良い本番とする。さらに本番を少なくすることで練習時間も増え、バンドとしてのレベルの底上げも図れると考えた。ほとんどの団員によって団長に秘密裏のうちに、ひまわりWOの新しい方針、組織などを話し合った。もちろんここまでの間なんどとなく団長に進言し、様々な提案や意思の疎通も図ったが、そのことが余計に団長の態度を硬化させ、話し合いによる解決は不可能になっていた。そこで団員間で話し合ってでた結論を、強行に押しし進めることとなる。

6月〜
  ・臨時総会。
 ここでひまわりWOは、新しい方針、新しい組織のもと、再出発をする。
 新しい方針とは、「音楽追求」「団内親睦」「地域貢献」の3つである。ここまで築いた団の色を保ちつつ、吹奏楽団としての音楽性の追求をしていこうというのが新しい試みであり、進むべく方向であった。
 団長の豊田、副団長の飯島は退任し、新役員は次のようになった。
  団長(兼指揮者):江畑 副団長:小林(現在退団) 音楽部長:新垣 会計:細谷 
 ここで団長が交代となったが、ここまで豊田氏の団における貢献と実績は、非常に大きかった。団を創設するところから始まり今日に至るまでの功績を称え、受け継ぎ、そしてさらなる飛躍を誓う。

8月
  ・寿大学(沼南町老人会)出演。(中央公民館)
  ・BBQ交流会。(24日)

10月
  ・ 沼南まつり出演。(17日)
 2年前はサブステージでのアンサンブル出演、前年度は雨のため出演中止ということで、フルメンバーの出演は初である。また一昨年のサブステージから、今年はメインステージでの発表となり、聴いて下さるお客さんの数も大変多かった。
 この頃新組織による運営は軌道に乗り始めたが、練習場所の問題があらためて浮上する。前団長が進めていた学校との交渉は行き詰まりの様相をなし、少なくとも来年4月からは、確実に新しい場所を確保する必要性に迫られた。そこでこの時期より、中学校と沼南町中央公民館(以下公民館)講座室との併用をはじめる。

11月
  ・特別養護老人ホームアネシス文化祭出演。

12月
  ・ ボーイスカウト沼南1団クリスマス会出演。(13日)


2000年
1月

  ・合宿(5〜7日・県立流山青年の家)
 合宿は、昨年に引き続き2回目となった。練習は、もちろん実のあるものとなったが、流山青年の家ならでは早朝ラジオ体操や、夜遅くまで寝ずの密談なども印象深い。

2月
  ・第21回沼南町社会振興大会出演。(中央公民館)

3月
  ・団内お花見交流会。(手賀)

4月
  ・ひまわりWO2000年度総会。
 この総会では一般市民バンドとして進むべく、いくつかの改革があった。まず練習場所の正式な本拠地として、公民館の多目的ホールとした。また2年間所属した芸文協を脱会し、音楽団体も多く所属し歴史のある文化連盟に加盟した。文化連盟に所属し公民館の定期利用団体に登録すると、公民館の使用料が半額となる。また楽器を置くスペースの確保や、打楽器の借用も可能であり、音楽系の他団体との交流も多くなり、メリットが大きいと考えた。
 さらにひまわりWO団規約を作成し、会計もより本格的な収支決算報告を行った。規約、会計報告ともに、団として社会的に認められるために必要なものであった。
 練習場所代及び団所有楽器購入のために、会費も改正された。一般1000円、学生800円、高校生500円である。ドラムセット・グロッケン・小物などの打楽器を揃え、譜面台や楽譜も購入し、少ない予算の中で少しずつではあるが団の所有物は増えてきた。
 副団長は小林から飯島に代わり、団長・音楽部長・会計は留任した。この4つの役職を「幹部」と称することを決めた。また幹事という役職をつくり、幹部のサポート体制も敷いた。
 練習時間は13:00〜17:00、基本的には公民館の多目的ホールでの練習だが、公民館の都合により使用できない日も多いため、同じ沼南町内の藤ヶ谷区民館との併用をした。
 この時点での団員は28名である。
 今年度最大の目標を、念願である定期演奏会(以下定演)開催ということを決め、今年度の総会は幕を閉じた。

5月
  ・第4回沼南芸術祭出演。(21日)
 芸文協主催行事としては、最後の参加となる。前年度の第3回芸術祭での成功で自信を深め、また年度末に定期演奏会を開くことを目標とするひまわりWOは、このステージで「アップルマーチ」「イパネマの娘」「フレンズ・フォー・ライフ」「新しい日の夜明け」など7曲を演奏し、さらなるステップアップを試みた。

  ・団内親睦昼食会。
 芸術祭の本番終了後、飯島邸にて昼食会を開いた。新入団員が少しずつ増えてきている中でより親睦を深めることと、進路の関係上退団をする方の送別会を兼ねての会である。
 この月に、定演開催を正式決め、具体的なことを進めるべく本格的動き出した。

6月〜
 年度末の定演を視野に入れた練習、団行動が始まる。
 まず本番の機会を控え、じっくり練習する期間を作った。本番は春と秋に集中させ、夏と冬はじっくりと音楽作りに集中する環境を作る、ということである。
 また今まで以上に本格的な団員募集を行い、パートのバランスの悪さによる演奏の不具合を、改善することを進めた。

8月
  ・BBQ交流会。inボーイスカウトの森
 2年間坂巻邸にお世話になったが、今年より、近所迷惑をかけないですむことや、道具など一式借りられるメリットを考え、かねてよりクリスマス会で交流のあったボーイスカウト沼南1団に協力を仰ぎ、森の中の野営場をお借りすることになった。
 この時期より、ひまわりWOの正式なホームページ(以下HP)が誕生し、団の活動報告や練習予定、演奏予定や団員募集を掲載するなどして、ネットによる団の拡充を図った。

10月
  ・沼南まつり出演。(15日)
  ・沼南町文化祭出演。(29日)
 毎年恒例の出演となってきた沼南まつりと、今年より加入した文化連盟との初交流となる、沼南町主催の文化祭に出演した。曲は、定演で演奏予定の「ブラジル」を選んだ。
 定演へむけての準備は着々と進み、仕事は団員それぞれに振り分けられ、演奏する曲目も決まり、企画ステージの案を考えるなどしていた。しかし問題は演奏者不足である。現状では30人程度しか団員がいず、演奏会の規模や選曲から考えて、あと5〜10名程度足りなかった。そこでエキストラを入れるとの方針が決まる。ただし一時的な団員を集めることではなく、長くひまわりWOと関係を築いて下さる方や、将来的に入団を考えて下さる方などに、しぼって探すことにした。

11月
  ・特別養護老人ホームアネシス文化祭出演。(3日)
  ・渡辺礼子芸道35周年記念祝典招待演奏。(22日)

12月
  ・ボーイスカウト沼南1団クリスマス会出演。(10日)
  ・団内忘年会。(30日)
 2000年最後の本番を終え、演奏会まで3ヶ月となった。
 平均年齢20歳前後の若いひまわりだが、創団当時は平均年齢17歳前後だったことを考えると、少しずつではあるが団の歩みとともに、平均年齢も上がってきている。そんな中「忘年会」を開いて一年間の慰労をすることになった。夏のBBQに続き、今後の冬は忘年会が定着していくことになる。


2001年
1月

  ・合宿。(県立流山青年の家)
 例年の団員間の交流に加え、今年は「定演に向けての強化練習」という新たな目標が加わり、活気あふれた合宿となった。

2月〜
 初めての開催となる定演の準備は着々と進んだ。ただし、初めてとあっては多々なる問題に直面することがあるが、団員みんなの第1回定演を成功させたいという熱意がそれらを乗り越えさせた。しかしどうしても越えられない壁は、練習に参加する演奏者が固定できないということであった。団員24名にエキストラの方20名という変則的なメンバー構成では、なかなか意識統一も難しく、何より無報酬で参加してくださるエキストラ方に、練習参加の強制はできないため、出演するメンバーが全員揃うのは本番当日、という見込みになる結果になってしまった。
 ステージを演奏以外で華やかにみせるものとして、ひまわりWOオリジナルの「譜面台飾り」と「リバーシブル・ネクタイ」を、団員総出で作成した。譜面台飾りは、青い厚紙に団名が入ったもので、ネクタイは、ステージの雰囲気に合わせて替えられるようにリバーシブルで、表はピンク基調で、裏は七色の水玉模様というやや派手なものだが、飾りもネクタイも、以後ひまわりWOの本番には欠かせないものとして、演奏に華を添えることとなる。

3月
  ・ひまわりWO第1回定期演奏会開催。(16日・沼南町中央公民館大ホール)
   指揮:江畑 冬生  後援:沼南町教育委員会 千葉県吹奏楽連盟 沼南文化連盟
 第1部 ワシントンポスト 新しい日の夜明け ロングフォードの伝説
 第2部 アイム・ア・ブラスバンド 茶色の小瓶 ブラジル 美女と野獣
 その他にアンサンブル・ソロ演奏、アンコールにフレンズフォーライフとブラスフィーバー

 念願であった定演を開催することができた。この日を創団以来の夢としてきた団員の中には、涙を流すものまでいた。聴衆は300人を越えて、初の定演は成功といってよいであろう。
 しかし残された課題が多かったことも特筆しておく必要がある。重要な点は、出演者の約半分弱が団員でなく、エキストラで構成されていたことだ(出演者45名中、エキストラ18名)。エキストラ制度が間違えであったかは判別できないが、少なくともその結果、練習時にメンバー固定されていなかったり、見知らぬ者同士の意思の疎通ができず、満足な曲の仕上がりにならなかったということだ。半分がエキストラである演奏を、はたして「ひまわりWOの演奏」と呼べるかどうか、今後の改善点である。ともかくすべてを呑みこんだのは、「第1回」から失敗は許されない、どうしても開催したい、定演を成功させたいという団員の熱い気持ちであった。
 また、快くひまわりWOを手助けしてくれた演奏エキストラの方々、裏方スタッフの方々には感 謝の気持ちでいっぱいである。
  ・演奏会お疲れさま会。in喫茶フレンド



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